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ファッションの脱構築

■東からの衝撃

82年パリコレクションにデビューしたヨウジ・ヤマモトコム・デ・ギャルソンの川久保玲は、服の既成概念を廃した独特の表現手法で世界のデザイナーに衝撃を与え、「東からの衝撃」と言われました。

そのスタイルは色彩がダーク(黒)、素材は古着のようなもので、シワシワなものや穴の空いたものや加工したものを使用。カッティングもシンプルながら大胆なカッティングで、オーバーサイズで体のラインは全く隠されてしまうものでした。このようなスタイルをジャーナリズムは「禁欲的(ストイック)」「宗教的」などと表現しました。

当時のプレタポルテでは「黒:ダーク」のカラーは「反抗」などを意味しあまり使用されない色であり、その色をあえて前面に打ち出した点も衝撃的でした。その後、「黒」を前面に打ち出すファッションが世界的に流行しました。日本では「カラス族」などと表現されました。

コム・デ・ギャルソンが神秘的なイメージが強いのに大して、ヨウジ・ヤマモトは立体的な構築がなされているイメージでした。

モデルの顔を白く塗り、奇妙な黒い服を着せて電子音の鼓動の中を歩かせたこともあり、そのスタイルに反発する評価も多く受けました。フランスのファッション誌フィガロはコム・デ・ギャルソンを次のように評価しました。「これは広島だ、それも情事ぬきの。未来を暗くするボロ切れのスノビズム。」(繊維新聞参照)

■脱構築

不均衡に穴を開けたり、しわしわな生地は、これまでの西洋の伝統的なファッションスタイル、体型を考慮したもので、調和の美意識などとは、全く異なるものでした。

70年代のヴィヴィアンウエストウッドパンクファッションもそれまでの美意識を否定したスタイルでしたが、社会的な反抗が背景にあったのに対して、コムデギャルソンはその様な中で生まれたものではありません。

むしろ、ファッションの歴史、西洋美術に向き合い、コムデギャルソンは解体実験を行いましたイメージです。アシンメトリーや異質な素材の組み合わせ、ボロルックなどこれまでファッションが作り上げた概念を解体し、再構築したのです。西洋ファッションを否定したというよりは、新しい美学をもとめたという印象が強いです。

■コムデギャルソンの影響

このようにこれまでの伝統を無視するかのようなファッションスタイルの評価は賛否両論。しかしアバンギャルドかつクラッシックな独特のスタイルは徐々にクリエイティブな若手デザイナーから受け入れられていき、やがては80年代以降、世界を代表するファッションデザイナーへとなっていきます。

影響を受けたデザイナーはマルタンマルジェラなどのアントワープ派のデザイナーが有名ですが、ヴィクター&ロルフジョンガリアーノなどもコムデギャルソンの名を口にします。その他、フセインチャラヤンも素材、スタイルにおいてさまざまな実験的な試みを行っています。