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パンクファッション

パンクファッション

パンク・ファッションとはロンドンのパンク・ロックの誕生とともに生まれました。代表的なパンク・ロックバンドにはセックス・ピストルズ、ストラングラーズ、クラッシュなどがありますが、ピストルズのファッションは特に有名です。

セックスピストルズは反体制的な暴力的な歌詞や、ヴィヴィアン・ウエストウッドのデザインした過激な衣装を着て活動し、イギリスの当時の空気感から、労働者階級を中心に広く受け入れられました。そのファッションの特徴は、鋲を打った革ジャンや、引き裂かれたTシャツやジーンズ、安全ピン、逆立てた髪など、煽動的で過激なものでした。

パンクは仕立ての良い服、高価宝石などのアクセサリーといった上流階級を象徴するものに対立する存在。当時、保守的なロンドンには伝統、正統とされる服の着方に関わる上流階級のルールが残っていたのです。そのような上流階級の洗礼された美しさに対する醜さ、汚さから生まれたのがパンクです。

また音楽的にも反抗的な立場を取ります。より巨大化し、商業化され、より概念的になったロック(ハードロック、プログレ等)に対して、パンクはよりアンダーグラウンドで、音楽をストリートに戻すものだったのです。

パンクの起源

70年代のイギリスは、中東戦争(オイルショック)などの影響から経済不況の中にあり、インフレ、失業率の上昇、生活水準の低下などが深刻な問題となっていました。その他、怒りのはけ口として人種差別なども問題となっていました。

マルコム・マクラーレンは美術学校出身で、前衛芸術や、50年代のロックンロール、50年代のロンドンファッション、テディボーイ(細身のロングジャケット、リーゼントなどが特徴)に強く影響を受けていました。また彼自身、一時、ニューヨークでパンクバンド、ニューヨークドールズのマネージャーとして活動していました。

マクラーレンはCDや同棲していたヴィヴィアンウエストウッドが作る服をフリーマーケットで販売して生計を立てていました。ちなみにこのときヴィヴィアンウエストウッドが作っていたファッションはテッズファッションだったと言われています。

フリーマーケットからのビジネスは拡大し、キングスロードにファッションと音楽をテーマに、ショップを構えます。(マリークワントのバザーがあったエリアです。詳細はミニスカートの項目)ショップはロックンロール系のファッションから始まりますが、音楽とファッションの関連でスタイルの打ち出しを何度も変え、その度にショップも改名していました。

セックスピストルズの結成とパンクムーブメント

パンクを打ち出した時のショップ「セックス」は、ポルノショップのような雰囲気で、フェティッシュをテーマにゲイ、SM(ボンテージスーツ等)、などからインスピレーションを受けた商品を扱っていました。

このようなアイデアは権威に反発するもので、不況下にあったロンドンの若者をひきつけていきます。マルコム・マクラーレンはニューヨークで生まれたパンクを、ロンドンでも流行らせようとして、「セックス」出入りしていた若者を集め、75年、パンクのバンド、セックスピストルズを結成します。

セックスピストルズの挑発的な音楽とファッションスタイルは一部の熱狂的な支持から始まり、テレビで放送禁止用語を連発するなど、何かと話題を振りまき、一つのムーブメントとなります。時代は権威への反抗を求めていたのです。

セックスで販売されていた服を身につけたセックスピストルズは、ムーブメントの盛り上がりとともに、よりアナーキーなスタイル、パンクファッションを確立していきます。

※70年代半ばになると、ラモーンズのロンドン公演の影響などから、ニューヨーク・パンクを模倣したバンドが多数結成されるようになります。

※ストラングラーズは、セックスピストルズよりも早い、1974年にロンドンで結成されています。ファッション的な影響力は別として、イギリスでも日本でもセックス・ピストルズ以上に人気があったと言われています。