ストリートファッションの登場
■ユース・カルチャー、ストリートファッションの登場
60年代になると、既製服業界の成長とともにオートクチュールは衰退の一途をたどっていました。それとともに、戦後生まれのベビーブーマー世代が成長し、人口としても多くを占めるようになりました。
この若いエネルギーは、エレガンスよりも、自身の価値を求めていました。その象徴といえるのがジーンズとミニスカートです。(ジーンズは別の項目で取り上げます。)ミニスカートはストリートからマリークワント、クレージュによって広く普及しました。
ユースカルチャーから新しい、ファッション、新しいスタイルが登場し、60年代、ファッションは大きな転換期を迎えます。
■若者ファッションの登場以前のスタイル
若者文化が生まれる以前、若者はどのようなファッションをしていたか?
若者ファッションというカテゴリーは存在していませんでした。若い女性であれば母親と同様のスタイルの服を身にまとった、同質的なもので、それはある種、大人のエレガンス、ハイファからおりてくるルール、規律に従ったものでした。言ってみればこのようなファッションは、ディオールなどオートクチュール、「大人」の世界のデザイナーから降りてくるものでした。
このような中から次第に若者は自分達、「若者」のスタイルを求めるようになっていきます。
■トレンドはグラマラスから痩せてる女性へ
60年代以前の理想の女性像は、マリリン・モンローのような豊満でセクシーな女性やグレイスケリーのようなエレガントな女性でした。しかし60年代、ロンドンのイメージを表現した女性は全く逆でした。小柄で、胸は小さく、痩せている、ごく身近にいそうな活動的な女性像です。
その代表格がツィギーです。日本でもツィギーの来日とともにミニスカートが爆発的に流行しました。50年代半ばのオードリーヘップバーンの登場はある種、その前兆だったのかもしれません。
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