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ボディコン

ボディー・コンシャス(ボディコン)

アズディン・アライアが84年S/Sに発表したボディコンシャス・スーツはそのシーズンの話題となり、雑誌のエディター、アーティスト、モデルに絶大な支持を受けました。

ファッションの歴史を振り返るとボディにフィットしたボディコンシャス・スタイルは50年代、60年代にも追求されたものでしたが、80年代のアライアのデザインはスカートがミニ丈、セクシーなイメージが特徴でした。

またそれ以前の服に身体を押し込む事によって、シルエット(ライン)をを形成する手法とは、まったく逆の発想で、女性のボディーラインを際立たせるためのアイテムと捉えるコンセプトのもと、余計な装飾を排除し、女性の身体の美しいラインを自然に強調するものであり、体に寸分もなくフィットしたものでした。

また、ボディラインの美しさを際立たせるために、新しいストレッチ素材を使用しました。これはスポーツウェア(カジュアルウェア)のような着心地の良さで、女性の第二の「肌」と評価されました。

スーパーモデルの支持

ボディコンシャスのスタイルは、ナオミキャンベル、シンディクロフォードなどのスパーモデルに圧倒的な支持を得ます。アライアンのファッションショーにノーギャラで出演したモデルもいると言われています。それはアライアの服は、これまで着飾った服よりも、自身の美しさをいっそう引き立てるのもので、そのファッションに大いに魅了されたからです。

日本でのボディコンブーム

ボディコンシャス(ボディコン)は日本にも渡り、ボディコン・スーツを身にまとった女性たちが急増、「ジュリアナ東京」、「ボディコン」という言葉に代表されるような現象を巻き起こしました。